青年が驚き振り向くとそこには必死の面持ちで立ち尽くす姫がいた。
「姫様、、・・・。」
泣くでもない、怒るでもないただ、彼を気遣って必死。
「あなたはなにも悪くないのでしょう?」
なにも、悪くない。。
ただ、八宮の家の今世の頭首である事がすでに、罪なのかもしれない。
この「世」では・・・。
「でも、・・・・!」
姫は,目をしばたきながら声を振り絞り青年の思考が聞こえたかの様に「でも」と。
「でもっ・・・っ・・あなたは信念に忠実であっただけです!」
「そしてそれは、本来正しき事でした・・!」
穏やかで優しい神の神子姫と慕われる少女はなおも叫ぶ。
「清悟さまぁあっ!!!」
ちょうど先ほど彼を振り向かせた様に。
「姫様のお気遣い、痛み入ります」
シンゴにはそれより他に美しい台詞は思い浮かばなかった。
ただ、美しい主君の愛妹から随分離れた位置に、彼女と同じく立ち尽くしていた。
もともと彼は、生きる事への執着も、何かを全うしようという気概もない、
存在しているのかどうかさえわからなくなりそうな男だった。
「清悟さま!!」
この姫は、彼を時々強く揺さぶる。
はッ、と目を覚まさせる。
「このわたくしを、おいたわり下さるなど、勿体ない事です。」
この少女は、無私な彼に代わって、理不尽なモノへの怒りを表して、彼の心に代わって泣いていた。
彼には、それがよく分った。
今,姫は近づいてくる。
距離を詰める事を危ぶみながらも、脆い青年の領域に踏み込む。
「ぁあ…どうして・・・」
どうしてもこの方は、わたくしを見捨ては下さらないのだ・・・
「ぉ願いです」
瞳は濡れて美しかった。
「しんごさま・・・?私と共に還ってくださいませ…」
下から延ばされた手は、避ける事をさせずこの渇いた頬に届いた。
「にぃさまも、私も…あなたを愛しているのです。だから、還って下さい・・っ・・」
砂漠に雫が落ちる。
尊い姫のながす涙が。
一滴,また一滴と。
「しんごさま・・ぁっ」
魅入られていたことに、ぼんやりと気づいた青年は
主の愛妹を見下ろしている無礼に気づき、いまやっと跪く。
そして、砂の混じった風に悪戯に流される姫の黒髪を掬い
口づける。
「わたくしは、・・・帝様と姫様ののぞむままに・・・」
そして少女に詫びた。
「この非行をお赦し下さい」
「僕は…逃げたかった…」
「でも、逃げられないでしょう?」
わかっている。 ただもう一度、この姫の声で言われて、後悔した。
「分っています、共に生きるしかない事も。」
「だからにぃさまも私も共に行きますと、言いました。」
顔を上げると、和らいだ表情をたたえた姫が言った。
「あなたを愛していますから…絶対に共にいますから…」
「・・・・っく・・」
気づいたら姫の涙は、自分の涙になっていた。
泣いている事にも気づかぬほど砂漠の風は渇いていた。
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